貸切屋形船にはどんなメリットがある?
船宿釣新の屋形船は乗り合いでも利用できますし、団体で貸し切ることも可能です。実際に貸し切りで利用されるお客様の方が多く、季節を問わずたくさんのお客様にご利用いただいております。
今回は屋形船を貸し切るメリットについて解説したいと思います。屋形船の利用を考えている方は、ぜひチェックしてみてください。
屋形船を貸し切る最大のメリットは、周囲の目を気にすることなく楽しめることです。
屋形船に乗る機会はそう多くありません。他の人に遠慮しながら満喫するのか、気の合う仲間だけで満喫するのかでは楽しみ方が大きく変わってきます。
利用する人数にもよりますが、屋形船を利用する際にはぜひ貸し切りで利用してみてください!
船を貸し切って宴会を行った経験はかけがえのないものになります。数年後振り返った時に、良い思い出として心の中に残っていることは間違いありません。普段は利用できない屋形船だからこそ、貸し切りで利用するメリットは大きいと言えるでしょう。
船宿釣新は、浅草で屋形船が楽しめるお店です。乗り合いでも貸し切りでも利用できますので、屋形船の利用を考えている方はぜひお気軽にお問い合わせください!
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船宿釣新の屋形船は小さなお子様や女性の方でも利用しやすい屋形船です!
皆さんは屋形船に乗船した経験があるのでしょうか?
船宿釣新では、東京・浅草の隅田川を巡る屋形船を管理している会社です。屋形船はさまざまなシチュエーションで利用できるため、時期問わずたくさんのお客様にご利用いただいております。
船宿釣新の屋形船には、大人数で宴会が開催できる大広間があります。天井が高く広々とした空間なので、屋形船に乗っていることを忘れるような快適な環境でお酒を楽しむことができます。
また通信カラオケを搭載しており、気の置けない仲間と至福のひと時を過ごしていただけると考えております。清潔な水洗トイレを完備しておりますので、女性やお子様でも安心して利用いただける屋形船です。
屋形船は宴会や同窓会、忘年会などさまざまなシチュエーションで利用できる場所です。
特にお花見シーズンは、満開の桜を水の上からゆったりと眺めることができます。地上で見るのとは一味も二味も違いますので、日々の疲れを忘れリラックスしていただける時間を過ごすことができます。
東京・浅草で屋形船を探している方はぜひ船宿釣新までお問い合わせ下さい!
2名様からの乗り合いプランや、ランチクルーズ、記念日・同窓会などに貸切プランをご用意しております。
丁寧な接客と満足いく質の高いサービスで、お客様のかけがえのない時間をお過ごしください!
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船宿釣新の屋形船は乗り物酔いしません!
車やバス、船などの乗り物に乗ると気分が悪くなるという方は決して少なくありません。
今回は、乗り物酔いをしてしまう原因について紹介したいと思います。
乗り物酔いとは、不規則な加速・原則の反復によって内耳からの情報と目からの情報、体からの情報を受けた脳が混乱してしまうことで起こる自律神経の病的反応です。
主な症状は、目眩や吐き気、嘔吐などさまざまなものがあります。また乗り物酔いを起こしてしまう原因には、嗅覚からの不快感やストレス、不安などの精神的な要因も関係していると言われています。
【乗り物酔いを起こす原因】
・疲れや睡眠不足による体調不良
・乗り物内のよどんだ空気
・不快に感じられる湿度や温度
・ガソリンなどの不快な臭い
体調不良や寝不足によって引き起こされる一時的な症状は問題ありませんが、普段は乗り物酔いしないのに急に気分が悪くなったりする場合は注意が必要です。その場合、耳や脳に関係する病気が潜んでいる可能性があるため、できるだけ早く医師の診断を受けることをおすすめします。
船宿釣新の屋形船は乗り物酔いしにくい屋形船です。乗船する前は心配していたけれど大したことはなかったというお客様がほとんどです。
船宿釣新の屋形船で幸せな時間をお過ごし下さいね!
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江戸時代のファストフードのひとつ「天ぷら」
盛り場に、縁日に、「百万都市江戸」埋め尽くしたファストフード屋台から
いまや日本料理を代表する「天ぷら」「寿司」「そば」が生まれました。
幕末の江戸の土地について書き記した文献に
「江戸名所図絵」(斎藤長秋ら 1834年~1836年《天保5~7年》)というものがあります。
そのなかの「領国広小路」では、大川(隅田川)にかかる両国橋と
その他元の広小路、また川面にも船が出て、人々が集い
夏の一夜を見て過ごす様子が描かれています。
ついでながら、1652年《慶安5年》の8月、江戸の町では花火が禁止されたのですが
大川岸の花火だけは例外となっていたようです。
人々がそれをいかに楽しみにしていたかが、なんだか想像できます。
こうした盛り場や祭礼、縁日、花火見物に出てくる人々を目当てに
たくさんの屋台が並び、川岸の上まで食べ物が売られていたようです。
100万人以上にふくれあがった江戸の町では
18世紀半ばになると、盛り場にはそうめん売り、スイカの裁ち切り
虫売り、白玉売り、蒲焼屋、幾世餅売り、茶店などの店が出たほか
大道芸、芝居、見世物、相撲、開帳、書画会なども行われたと
便県に記録が残っているそうです。
江戸のこうした文化は、260年余りをかけて醸成されましたが
江戸後期から明治にかけてのようすも知ることができます。
そこには、やはり寿司に天ぷら、担ぎ売りのしるこ
水菓子(果物)の切り売りなどのようすが、絵に記されています。
祭礼や花火見物などに出かけて
屋台で食べる外食は、江戸時代の人たちにとっても
大きな楽しみのように感じられます。
「有限会社 船宿 釣新」では
屋形船のツアーで、江戸の風流なひとときをお楽しみいただけます。
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江戸時代のてんぷらの食べ方~熱々をほおばるのは今と同じ~
江戸時代、人々が実際にどのようにして
天ぷらを味わっていたのかを知る手立てとして川柳があります。
「天ぷらの みせにめど木を 立てて置き」
めど木とは、占い師の筮竹(易占で使われる長さ30㎝程度の竹のひごのようなもの)のことで
この筮竹は本来、「めど萩」という植物の茎を用いていたので、そう呼ばれていましたが
のちに竹で代用するようになっていきました。
また、串にさして食べやすくし、手が油で汚れるのを防ぐという工夫も
このころにもあったアイデアなのだと思うと、感慨深くなりますね。
串にさして作る天麩羅用の竹串が、筒に差して入れられている筮竹と似ているため
このような句ができたのだといわれています。
「天麩羅」という料理名は、長崎での南蛮料理に由来し
京都を経て江戸に伝わったころには、現在の天麩羅のスタイルが定着していたといいます。
もうひとつの川柳をご紹介しましょう。
「てんぷらの 指を擬宝珠へ 引んなすり」
擬宝珠(ぎぼうし)とは、橋の欄干の柱の上にある飾り物のことで
銅板で細工したものが多くあったそうですが
橋のたもとで開業していた天ぷら屋台がけっこうな数あったのかもしれません。
この句は、天麩羅を食べたあとの油のついた指をなすりつけて
橋の擬宝珠についた油のあとの情景が表現されたものです。
どちらも、江戸の人々の愛嬌ある一面をのぞかせる句ですね。
江戸にまつわる人々の情景は、今も昔もあまり変わらないのかもしれません。
隅田川の屋形船「船宿釣新」は、食事とともにおそんな江戸時代の風流を思わせてくれます。
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